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狡い彼との日常

※また付き合っていない。


  「芥川先生、やっと見つけました!」


  司書室の鍵を開けて、中にあの紺色の髪の持ち主を見つけて、思わずはぁはぁの息と共に大声を出す。先から小走りであっちこっち回ったせいで、息が酷くて荒い。シャツも、寒い季節のにかなり汗に濡れて、その上もちょっと透けていた。


  「……亜夕さん。」


  しかし、呼ばれた張本人は唯、司書室の中のソファーの上に座りながら、ぼんやりした顔をこっちに向かい、タバコの煙を吐いて、自分のことをこう、小さい声で呼び出した。よく見れば、彼の右手にある白い袖の下に、薄くインクみたいな液体が流れ出している。


  「先生、大丈夫ですか?」


  それを発見し、慌てて隣の棚にある絆創膏を探る出す、私は彼の隣に座って、手当ての準備をし始めた。


  けど、こんな自分を見て、彼はまた、普段通りの穏やかさを見せつけて、「大丈夫だよ」としか答えていなかった。


  自分が彼の目から見れば、面白い人だとわかっていた。こうして司書室をしょっちゅう勝手に入ってる事もあまり気にしていなかった。タバコの匂いも、彼が好きだから、そこまでは禁止しないとした。


  しかし、今の自分はなぜか、怒りを感じた。



  今回の潜書はかなり厳しいと聞いた。さっき偶然に会った菊池もそう伝えてくれた。が、今回1番傷を負った彼は何故かどうしても、誰にでも触れたくないと言った。って逃げ続けた挙句、またここに隠れた。


  「……どうして森先生や斉藤先生に治されたくないのですか?」


  自分の表情を彼に見せつけないよう頭を下げた。けど、それもちゃんとできていないかのせいか、彼は思う以上に優しい口調で「誰にでも触れたくないから。」と自分の問題に答えた。眼を合わせて見れば、その浅青い瞳の中には今、なんにも入ってない、ただ純粋な、静かな湖みたいに自分の姿を反射した。


  「どうしても行きたくないのですか?」


  そんな視線に注目され、何故か心のそこから許せなくちゃと思い始め、仕方なく手に持っていた絆創膏をテーブルの上に置いた。


  「うん。」


  ただそんな簡単な返事と、何だか嬉しそうな笑顔。それだけでもう私の心の中の、彼に対する敬意と愛しさを溢れさせた。


 「……次回は直ぐ治るようにしてくださいね。」


  気が弱いだと言われるかも知れない、自分でもわかってる。けど、今の彼の笑顔はあまりにも穏やかすぎで、嬉しすぎで、どうしようもなく、今日もまた彼を見逃した。


  「ありがとうね、亜夕さん。」


  青い髪が彼の動きに合わせ、綺麗に揺らぎ。煙の後じゃうまく見えない彼の本心は、その姿に乗せて何となくこっちにも伝えた。


  ──それは温かい、また名前のない何かが。



  「……次回からは、許さないから。引っ張っても先生を補修室に連れて行きます。」


  「ふふ、わかったよ。その時はちゃんと手当てしてくれるかい?」


  「わかりました、やります。」


  「ありがとう、亜夕さん。」


  またそんな優しい声と、嬉しい笑顔。


  全く、なんで狡いお人なのでしょう。



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